WHO (世界保健機構) の外部組織であるIARC (国際がん研究機関) は「ピロリ菌は胃がんの原因である」という報告を1994年に行いました。これは、「がんの原因が細菌感染であった」という画期的なものでした。
日本は、先進国の中ではピロリ菌の感染率が高い。胃がんが多い要因にもなっています。
つまり、除菌により感染率を下げれば、胃がんの死亡者数を減らすことができるのですが、海外からは懐疑的な意見もあります。
なぜ、議論が生まれるのでしょうか?
そして、私たちの胃の中にピロリ菌がいた場合、どのように対処するのが、最善なのでしょうか?
本プロジェクトの発起人のひとりでもある、鈴木英雄医師(消化器内科)に、詳しいお話を聞きました。
鈴木 こんにちは。よろしくおねがいします。
鈴木 はい。内視鏡をやっていると、ピロリ菌に感染しているかいないかは、すぐにわかるんです。ピロリ菌に感染している胃は、ヒダが厚くなっていたり粘液が多い。さらに長年感染している人は胃のヒダがなくなってきます。ピロリ菌に感染しても自覚症状は乏しいのですが、内視鏡で見ると、れっきとした病気だと思わされます。
鈴木 たしかに、除菌薬によって副作用がおきたり、胃酸の分泌が回復して一時的に胸焼けがおきる人もいます。しかし、WHO (世界保健機構)は今から20年以上前の1994年に「ピロリ菌は胃がんの原因である」と認定し、2014年には「胃がん対策はピロリ菌除菌に重点を置くべきである」との発表を行っています。
鈴木 まず、日本での潰瘍などを含む患者の平均7.8年の観察で、ピロリ菌陽性者からは約3%の人にがんが見つかりましたが、陰性者からは1例も見つかりませんでした。次に、「ピロリ菌陽性者に除菌すれば胃がんが減るか」という問いに答えるためには、「除菌する人」と「しない人」に分けて、長期間比較する必要があります。早期胃がんで内視鏡治療をした500人以上を対象に行った研究では除菌した人のほうが、その後の胃がん再発率が明らかに抑えられていました。胃がんや潰瘍のない人に関してはどうか、ということでは、以前国立がんセンターが研究を開始しましたが、症例が集まらずに中止になった経緯があります。
しかも現在は、日本ではピロリ菌の除菌が保険で出来るようになっているので、同じような研究は不可能と言わざるを得ません。
医者から「あなたは胃がんの原因であるピロリ菌に感染しています。保険で除菌ができますが、除菌しないでこのまま胃がんが出来るかどうか、経過をみさせてください」と言われたら、いかがでしょうか?
鈴木 そうなりますよね。
しかし、海外ではこのような研究が行われていたりします。中国のグループからの報告では3千人以上を対象にして、7年の経過を追ったところ、除菌した人のほうが胃がんの発生が抑えられていました。同じような研究は欧州や韓国でも進行中で、結果が待たれます。除菌しても意味がないというのは胃がん発生は減らせるかもしれないが、死亡率減少効果には結びつかない、というのが主だと思われます。しかし、海外の研究を基にしたデータをピロリ菌の菌種や食生活も異なり、早期胃がんの割合や治療効果が高い日本人に一概に当てはめることはできません。
ピロリ菌感染率の低下から、長期的には日本から胃がんの発症は自然と減っていくでしょう。しかし、今現在ピロリ菌に感染していて、将来的に胃がんになるかもしれない人がまだ多数いる、ということが問題です。彼らが胃がんで命を落としてしまうことを考えると、「除菌によるデメリットの方が少ない」と私は考えています。
「ピロリ菌を除去することが、果たして完全によいことか?」は医学としては議論中であっても、今、先生が立ち上がるべきだと思ったのはなぜでしょう?
鈴木 我々消化器内科医は、ピロリ菌感染で荒廃した何千人の胃を診て、除菌によって健康的な胃に戻ることを何度も経験しています。そして、胃がんで命を落とす何百人の患者さんと、そのご家族の涙も見ています。その時いつも感じるのは、「この人は除菌をしていれば、死なずに済んだのではないか‥‥?」という自問なのです。
鈴木 まず、大事なのはピロリ菌と胃がんの関係を知っていただきたい。そして最終的に、陽性の人がピロリ菌を除菌するかどうかは、メリットとデメリットを主治医から聞いて納得した上で決めることになります。また、もうひとつ。一度ピロリ菌に感染すると、除菌しても、胃がんのリスクは完全になくなるわけではありません。定期的に検査をすることが必要です。
鈴木 日本から、胃がんで亡くなる方を一人でも多く減らしたい。またこれをきっかけにもっと自分の健康に注意を払い、健康で長生きできる健康長寿社会を実現したいですね。
ピロリ菌と胃がんの関係が気になる方は……
鈴木先生による「胃がんを知る」もあわせてご覧ください。